ー著者紹介ー

幼少期から家族との断絶を経験し、長年にわたり家族のあり方を問い続けてきた当事者ライター。自身の体験を基に親子関係の間に生じる「正解のない問題」と向き合い、同じような苦しみを抱える人へ言葉を届けます。

小松 つむぐ

「アダルト・チルドレン」
「親ガチャ」
「毒親」

昨今メディアやSNSでこうした言葉を目にしたことのある人は多いのではないでしょうか。かつては家庭内に閉じ込められていた「親子関係の苦しみ」を、SNSの普及により個人が匿名で自由に発信できる場が増えました。幼少期の家庭環境が、大人になってからも心に深い影を落とし続けている現実が、多くの当事者により可視化されています。

筆者の私は「親子断絶」「家族断絶」の当事者です。大人になり、更年期という心身の転換期を迎え始めた今も、根深い生きづらさを抱えています。

この記事では、親との関係を絶たざるを得なかった子どもの視点から、大人になっても愛着障害を心に残している現実と、そこから自分の人生を踏み出すための心の持ち方をお伝えします。

家庭環境から生じた愛着障害 抱え続けてきた生きづらさ

私は幼少期に両親の離婚を経験。その後、預けられた祖父母宅での生活が日常となり、親子関係を構築できないまま大人になりました。「家」が安心できる安全地帯ではなく、「預けられている」という遠慮と緊張が伴う場所であったこと。寂しさや惨めさなどの感情も抑え込み、「泣くもんか」と、いつも何かを堪えながら過ごす日々でした。

学校での周囲の子どもたちとの違いを感じ、戸惑うことも多く、自分の状況がわからないままの生活。その不安は、私の心の中で慢性化し当たり前になっていきました。思春期には友人との間に違和感を感じるようになります。「なんで私はみんなみたいに笑えないんだろう、楽しくできないんだろう」と。

その心の負担は、大人になると身体にも影響を与えます。20歳の頃、訪れた歯科医院で「顎関節症」を指摘されました。医師からかけられた言葉が今でも忘れられません。「子どもの頃から、喰いしばって我慢するような生活だったのではないですか?」
その一言で、自分の育った家庭環境の過酷さを強く認識しました。その診察から20年以上経過した今もマウスピースは手放せません。言葉にできなかった幼少期の心の痛みが、今も習慣として身体に残っています。

苦しさの正体がわからず過ごすことが当たり前になっていた私は、周囲との違いに困惑しては落ち込みました。習慣化した不安は、大人になった今も大きく、無意識に不安の種を探してしまいます。

愛着障害

「近づくほど不安」他人との心の距離に疲れてしまう理由

健全な愛着関係を親との間で結べなかった私は、大人になっても他人との適切な距離感が掴めずに苦しんできました。

  • 自分のことを話しすぎて後悔する
  • 常に他人の顔色や機嫌を過剰にうかがう
  • 他人の問題を自分事のように抱え込んで振り回される
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親子断絶が残した愛着障害「幸せになってもいい」と自分で自分に許可を出すまで

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