コラム:考察・視点

― 著者紹介 ―

筆者であるコピーライターの中新大地は、両親の離婚を機に、家族との距離や関係性のあり方について考えてきた経験を持つ。書き伝えることを生業としながら、多角的な視点で家族をめぐる問題を言語化している。

中新 大地

親子断絶をめぐる話題では、「どちらが悪いのか」「誰が被害者なのか」という形で議論が進むことがあります。SNSやインターネット上でも、強い言葉や断定的な語りが注目を集めやすく、対立構造が先鋭化する場面も少なくありません。しかし実際の家族問題は、単純な善悪だけでは整理できないケースも多くあります。

本記事では、親子断絶をめぐる「悪者探し」がなぜ生まれるのかを、心理・社会・言葉の構造から考えます。

なぜ親子断絶は“白黒”で語られやすいのか

家族問題は強い感情が起こりやすい

親子断絶の話題が強い対立を生みやすい理由の一つに、「家族」という極めて感情的な領域を扱っている点があります。離婚や別居には、怒り、悲しみ、喪失感などさまざまな感情が伴います。

さらに、親子関係は「人生の根本」に関わる重大なものとして受け取られるため、単なる意見の違いでは済まなくなることがあります。実際、インターネット上の当事者の発信でも、「突然会えなくなった」「子どもを奪われたと感じた」「精神的に限界だった」といった強い言葉が多く見られます。そこには確かな“痛み”が存在しています。

家族という極めて感情的になりやすい関係性が、親子断絶問題の対立を深刻化させている可能性を指摘する筆者。

イメージ画像:感情的な対立

「誰かが悪いはず」という思考

一方で、人は複雑な問題に直面したとき、「原因を一つに絞りたい」という心理を持つことがあります。本来、親子断絶には制度、感情、生活環境、コミュニケーションなど複数の要因が絡んでいます。

しかし、それらを整理するには時間も労力も必要です。そのため、「誰が悪いのか」という分かりやすい構図へと整理したくなることがあります。これは家族問題に限った話ではありませんが、親子断絶のテーマでは特に顕著に現れやすい傾向があります。

SNS時代の「悪者探し」

強い言葉ほど拡散されやすい

SNSでは、短く強い言葉ほど拡散されやすい傾向があります。たとえば、「理不尽」「奪われた」「会わせてもらえない」といった表現は、人の感情を強く動かします。

一方で、「双方の事情が複雑に絡んでいる」といった冷静な整理は、どうしても拡散力が弱くなりがちです。その結果、強い主張ほど可視化されやすくなり、対立構造も先鋭化しやすくなります。

当事者の声が“戦い”になっていく構造

SNSには、当事者が自分の経験を発信できるという重要な側面があります。これまで表に出にくかった声が共有されるようになったことは、大きな変化だと言えます。

この続きを見るには
続き: 2,462 文字 / 1 画像

サブスクリプション

この記事のみ購入

500 JPY

親子断絶と「悪者探し」――なぜ家族問題は“白黒”で語られやすいのか

記事単体での購入が可能です。

500 JPY