青山 克彦

家族と、もう何年も連絡を取っていない。顔を合わせても会話がない。電話番号を変えてしまった。何となくいっしょにいると疲れる。何もしていないのに気を遣う。

家族との断絶や距離に悩みながら生きている人は、決して少なくありません。
けれども、その多くの人がこのつらさを、どう説明すればいいのか分からないまま、ひとりで抱え続けています。

時間が経てば薄れると思っていた痛みが、ふとした瞬間に戻ってくる。
もう終わったはずの関係なのに、心のどこかで区切りがつかない。

家族との断絶は、なぜこれほど長く、深くつらいのでしょうか。
その「正体」を、少しずつ言葉にしていきたいと思います。

家族との断絶はなぜこんなに辛いのか。他人との別れとは違う様々な原因がそこにあった。

イメージ画像:節目の家族写真

家族との断絶は、他人との別れとは「別物」である。

友人や恋人との別れもつらいものです。
けれども、家族との断絶は、それとは少し違う種類の重さを持っています。

「家族だから分かり合えるはず」という前提が崩れる

多くの人は、どこかで「家族なら、最後は分かり合える」と信じています。喧嘩をしても、距離ができても、血のつながった相手なら、いつかまた話せる日が来る。そう思っているものです。

その前提があるからこそ、関係が本当に途絶えてしまったときの衝撃は大きくなります。
「分かり合えないはずがない」と思っていた相手と、分かり合えないまま終わる。
これは、家族との関係だからこそ生まれやすい、独特の衝撃でもあります。

友人との疎遠には「合わなかったのだろう」と理由をつけられます。
ただ、家族には、その言葉がうまく当てはまりません。「血のつながった相手と、なぜ分かり合えないのか」という問いが、答えの出ないまま心に残り続けるのです。

「長い時間を共有してきた関係」だからこそ、切れたときの衝撃が大きい

もう一つの違いは、共有してきた時間の長さです。

家族とは、人生の最も長い時間を一緒に過ごしてきた相手です。
生まれた日から数えて何十年、同じ家で、同じ食卓を囲み、同じできごとを経験してきました。喜びも、悲しみも、沈黙も、積み重なっています。

その積み重ねが、ある日ぷつりと途絶える。長く編んできたものを、途中で断ち切るような感覚です。切れた瞬間だけでなく、切れた「跡」の長さにも、人は苦しむことになります。

つらさの正体① 失ったのは「人」だけではなく「自分の一部」

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家族との断絶はなぜこんなにつらいのか。心に残る傷の正体。

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著者
青山 克彦 | ライター・塾経営者

35年以上教育業界に携わり、多くの親子と向き合ってきた経験を持つライター。
現場での経験を基に親子関係に起きる問題を考察し、その向き合い方をアドバイスする。

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